初夢

初夢の由来

初夢に見ると縁起が良いといわれる「一富士、二鷹、三茄子(なすび)」のことわざにちなんで、 「初夢」は、名づけられました。「茄子(なすび)」は、事を「成す(=成就する)」に通じています。

豆知識

一富士二鷹三茄

このことわざの由来には諸説あります。

①「富士山」は日本一の山、「鷹」は賢く強い鳥、 「茄子」は、事を「成す(=成就する)」

②「富士」は「不死」に通じて、「不老長寿」。
「鷹」は「高、貴」と通じて出世を意味する。
「茄子」は実がよくなるので子孫繁栄を意味する。

③「富士山」「鷹狩り」「初物の茄子」を徳川家康が好んだことから。

竜馬茄子について

竜馬茄子

「初夢」につかう茄子は、『竜馬茄子』という品種の小茄子です。『竜馬茄子』は首太で短めの長卵型。 煮ても崩れにくい、実がしっかり詰まっているのが特徴です。

一般的に『竜馬茄子』は、果実が13cmくらいになりますが、「初夢」には5~8cmくらいになった時に収穫したものを使います。 5~8cmくらいの小さなサイズは、見た目の上品さもありますが、仕込みの際、中心部まで「砂糖蜜」が充分に浸み込んでくれる大きさです。

毎年八月に入ると、契約農家さんから『竜馬茄子』を仕入れて、1週間かけて仕込みに入ります。

江戸時代から続く、砂糖漬け

野菜の砂糖漬け

野菜の砂糖漬け

『野菜の砂糖漬け』は、江戸の歴史、文化を『今』に伝えるお菓子です。新鮮なフルーツをつかった砂糖漬けのお菓子は、世界の各国に見られますが、 『野菜』を砂糖漬けにしたものは、日本独自の『文化』です。その『文化』が生まれた背景として、江戸の時代、 日本にはフルーツが「柿」や「蜜柑」しかなかったため『野菜』をつかったとされています。
坂本総本店がある千葉の匝瑳市(そうさし)八日市場は、当時、『茄子』の畑が多くあったことから、 『茄子の砂糖漬け』である『初夢』が江戸時代の後期に生まれました。
江戸から伝わる『茄子の砂糖漬け』、『初夢』は、お菓子という名の「嗜好品」、また空腹をみたす単なる食べ物ではございません。 見た目を楽しんだり人とのコミュニケーションをとりながら、文化を楽しむ「お菓子」です。

砂糖の歴史

江戸、砂糖の歴史

江戸の前期

砂糖は大変な貴重品で病人や体の弱った人への『薬』として薬屋で売られていました。不老不死の妙薬と考えられてきました。

江戸の中期

食生活が発達してきて、「薬」としてではなく、菓子や料理の『調味料』として一般の生活にも広まってきました。 『砂糖漬けのお菓子』が始まったのは、江戸の中期です。

江戸の後期

お菓子だけでなく、蕎麦屋、鰻屋、てんぷら屋で使われ甘くて辛い「江戸前の濃い味」が確立しました。

受け継がれる心

「砂糖」は古くは遣唐使によって、中国から伝わり、長い年月を経て、江戸の中期に『野菜の砂糖漬け』が生まれました。 そして、千葉県匝瑳市(そうさし)八日市場の地で、『茄子の砂糖漬け』である『初夢』が生まれました。 『初夢』というお菓子は簡単に生まれたものではございません。『江戸の文化』『ご先祖の知恵、創造』『農家さんの想い』 『妥協なく作り続けた歴史』そして『現在の作り手の想い』、最後に『未来へ続けようとする想い』から生まれた『心』です。

初夢の製造方法

毎年、八月に入ると『初夢』の仕込みに入ります。契約農家さんから仕入れた茄子、「竜馬茄子」という品種の小ナスを使います。

煮る

煮て、皮をむいた茄子

ぐつぐつとお湯を煮立たせた大きな銅鍋の中に、「竜馬茄子」を入れ、ゆっくりとゆっくりと、ヘタがとれないように細心の注意を払いながら煮ていきます (煮ることで、周りの皮がむきやすくなります。)皮がやわらかくなったのを見極めたら、銅鍋から取り出し冷水につけます。 冷めたら、カミソリをつかい、ひとつひとつ丁寧に皮をむきます。皮をむくことで「砂糖蜜」が浸み込みやすくなります。

煮て、皮をむいた茄子

砂糖蜜

砂糖蜜が浸み込んだ茄子

家伝の「砂糖蜜」に「竜馬茄子」をつけ、煮ていきます。その後、冷まして糖分を浸透させていきます。 一晩おきまた砂糖をつぎたし、煮ること、その工程を七回繰り返し、ゆっくりと一週間かけて糖分と甘さを浸み込ませていきます。 この技法は、洋菓子の「フルーツ漬け」「マロングラッセ」と同じものです。

砂糖蜜が浸み込んだ茄子

なぜ一週間もかかるのか

短い日数で作ろうと思い、大量の砂糖を一気に加えると、茄子の水分が砂糖に引き出され、茄子は縮み硬くなってしまいます。 茄子の水分が抜けないように毎日少しずつ砂糖をつぎ足し、1週間かけて作っていきます。砂糖蜜と茄子の糖度が同じになった時、やわらかくなります。

熟成

茄子の糖度がしっかりとあがったら、温度が一定の保存庫に入れ、三ヶ月間熟成させます。熟成させることで、風味、旨みが引き出されます。

完成

三ヵ月間熟成した茄子を砂糖蜜で煮込みます。そして、最後に砂糖を全体にからませ完成となります。

毎年、八月になると始まる『初夢』の仕込み。茄子を煮て、皮をむき、そして、砂糖蜜で煮る。これが一ヶ月間毎日繰り返されます。そして、三ヶ月間の熟成を経て、 店頭に並ぶのです。江戸の時代から、『今日』にいたるまで、ずっと継続されたこと。それが、「歴史」となり「文化」となりました。

初夢

完成までに6ヶ月

『初夢』が完成するまでに、六ヶ月間の時間が必要です。「信頼できる農家さん」を探し、「茄子の品種、大きさ」の選定。 そして、一週間かけて茄子を仕込み十一月まで三か月間熟成させる。『初夢』の仕込みは、その日の陽気や茄子の状態を見て、 じっくり丁寧につくります。作り手本意ではなく「茄子の声」に耳をかたむけ、状態を感じ取り最高に美味しい状態にもって行くことが、 作り手の私たちの仕事、成すべきことと考えております。

『初夢』の掛け紙について

『初夢』に使われている掛け紙は、明治から昭和にかけての、「華族」「俳人」「浮世絵師」が携わっています。

掛け紙

甘露寺 受長(かんろじ おさなが)/文字
明治13年(1880年)10月5日 - 昭和52年(1977年)6月20日)日本の華族(伯爵)。
東宮侍従・侍従次長。明治神宮宮司。学習院初等科、学習院中等科、学習院高等科を経て東京帝国大学法科卒業。法学博士。

【略歴】
1880年に甘露寺義長の子として生まれる。学習院初等科在学中より、大正天皇の御学友として、宮中出仕した。1910年(明治43年)東宮侍従となる。 結婚前の美智子妃にお后教育のひとつである宮中祭祀の講義を担当した。明仁親王との結婚の儀では宮中三殿に仕える掌典長として神酒を注ぐ大役をつとめた。 晩年は明治神宮宮司となった。

【詩の内容】

詩の内容

掛け紙

高浜 虚子(たかはま きょし)/文字
1874年(明治7年)2月22日 - 1959年(昭和34年)4月8日)明治・昭和期の俳人・小説家。本名・高濱 清(たかはま きよし)。
ホトトギスの理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。

【略歴】
愛媛県温泉郡長町新町(現・松山市湊町)に旧松山藩士・池内政忠の五男として生まれた。9歳の時に祖母の実家、高濱家を継ぐ。 1888年(明治21年)、伊予尋常中学(現在の愛媛県立松山東高校)に入学。1歳年上の河東碧梧桐と同級になり、彼を介して正岡子規に兄事し俳句を教わる。1891年(明治24年)子規より虚子の号を授かる。


山村 耕花(やまむら こうか)/
明治19年(1886年)1月2日 - 昭和17年(1942年)1月25日)明治時代から昭和時代にかけての浮世絵師、版画家。

【略歴】
尾形月耕の門人。本名は豊成。耕花と号す。東京品川生まれ。初め尾形月耕に師事する。後に東京美術学校日本画科卒業し、その卒業の年の明治40年(1907年)の第1回文展に「荼毘」を出品、入選する。 のち大正3年(1914年)から再興院展に参加して、同人となった。歴史、風俗に取材した作品を多く残している。
フリー百科事典Wikipediaより

召し上がり方

召し上がり方

『初夢』は、上品な甘さがあり、羊羹に近い食感になっております。まわりの砂糖のシャリシャリ感もお楽しみいただけます。 『初夢』は表面に砂糖をまぶしているため、甘さの感じるお菓子になっております。お召し上がりの際は、表面の砂糖をかるくはらい、薄くお好みの大きさに切ってください。抹茶や緑茶とお召し上がりいただくと、よりいっそう美味しくいただけます。

お正月の初夢で、「一富士、二鷹、三茄子(なすび)」と言われるように「茄子」は「成す」に通じることから縁起ものとして「御歳暮」、「御年賀」、「初釜(はつがま)」(新年に行われる茶道のお茶会)などに全国のお客様からお使いいただいております。お菓子の由来をお話しながら、お召し上がりになるのも楽しいかと思います。

賞味期限・保存方法

原材料
原材料
賞味期限
賞味期限
保存方法
保存方法

販売期間

『初夢』の販売数は、八月にとれた「茄子」の収穫量によって決まります。したがって、仕込んだ「茄子」がなくなり次第、 販売を終了させていただきます。通常は十一月から四月までとなっております。早くなくなる場合もございますので、その際は、 ご了承くださいませ。